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最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)1007号 判決 1993年2月16日

上告人

小山四郎

右訴訟代理人弁護士

水野晃

被上告人

宮田工業株式会社

右代表者代表取締役

市川勝美

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水野晃の上告理由について

原審は、被上告人が本件意匠について意匠登録を受ける権利を承継した者でないにもかかわらず本件意匠について意匠登録出願をし意匠権の設定の登録を受けたとしても、このことは、本件意匠の創作者である上告人の本件意匠について意匠登録を受ける権利を喪失させるものではなく、また、上告人が本件意匠について意匠登録出願をすることの妨げとなるものでもないと判断した。

しかしながら、意匠の創作者でない者あるいは当該意匠について意匠登録を受ける権利を承継したことのない者が、当該意匠について意匠登録出願をし、右権利の設定の登録がされた場合には、当該意匠の創作者あるいは当該意匠について意匠登録を受ける権利を承継した者が、その後に当該意匠について意匠登録出願をしても、当該意匠は意匠公報に掲載されたことによって公知のものとなっているため、右出願は、意匠法三条一項の意匠登録の要件を充足しないから、同法四条一項の新規性喪失の例外規定の適用がある場合を除き、右権利の設定の登録を受けることはできない。

したがって、原判決の前記説示部分には、意匠法三条一項の解釈適用を誤った違法があるというべきであるが、原審は、被上告人が本件意匠について意匠登録を受ける権利を承継した者でないにもかかわらず本件意匠について意匠登録出願をし意匠権の設定の登録を受けたことによって、上告人が右権利の価値相当の損害を被ったとしても、右不法行為による損害賠償請求権は既に時効により消滅しているとの認定判断をしており、右認定判断は原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができるから、原判決の前記説示部分の違法はその結論に影響しないものというべきである。

以上によれば、所論は、結局、理由がないことに帰する。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人水野晃の上告理由

第一 (はじめに)

本件は、被上告人が上告人創作にかかる意匠を盗用したという事案であり、被上告人は、この盗用を合法化することを目的として、被上告人会社の社員を意匠創作者とし被上告人を出願人とする意匠登録出願を不法にも敢行し、特許法・実用新案法・意匠法等がいずれも容認しないいわゆる冒認出願を実行し、その結果、右法律要件にそう意匠権を取得して上告人を意匠創作者の地位から排除した上、不法な利益を得るとともに上告人に経済的損害を与えたという事案である。

上告人の創作した本件意匠は、被上告人の冒認出願により意匠登録が認められたことからも明らかなように、特許庁が権利の設定登録を認可するほどの経済的価値があったものである。

被上告人は、このような経済的価値のある意匠を冒認出願した上、盗用して実施し不当な利益を排他独占的に得ているのであるが、本件では特許庁において、冒認出願を理由に無効審決が確定しており、上告人と被上告人との間における意匠法上の争いについては既に決着がついているのである。しかるに、本件第一審判決及び原審判決は、意匠法の解釈適用を誤り、結果として冒認出願を容認し、特許庁の審判制度を事実上無意味なものとするものであり、冒認出願という法律上許すべからざる結果を是認しているといっても過言ではないのである。

第二 (原審までの証拠により認定しうる事実の概要)

一 本件意匠の創作者が上告人であり、かつ、上告人は、被上告人が本件意匠に関し冒認出願をなした前後を問わず、被上告人に対して本件意匠に関する意匠登録を受ける権利を譲渡するなど、被上告人の本件意匠に関する出願を適法ならしめるいかなる手段をもとったことはないことは、いずれも本件にかかる昭和五一年審判第九六三三号確定審決(審決日昭和五九年二月二九日)が認めるところであり、第一審及び原審の証拠からも明らかである。

二 ところが、被上告人は、昭和四四年一〇月七日、「創立八十周年記念総代理店大会新製品発表会」を開催して、上告人創作にかかる本件意匠を実施した商品(「自転車用幼児乗せ荷台」を搭載した自転車)を発表し、本件意匠の新規性を喪失せしめ、意匠法第一七条第一号に規定する拒絶理由を発生せしめたのである。

被上告人は、右発表会直前に、言葉巧みに「発表会後に本件意匠の権利を買い取る」旨詐言を弄して上告人を騙したため、上告人もこれを信じ、自己の創作作品の発表を認めた(しかし、現在に至るも、被上告人は、上告人から本件意匠に関する権利を買い取るなどしてはいない)が、これは上告人の真意ではなく、少なくとも、上告人の右発表会への出品同意ないし了承は詐欺に基づく意思表示であって既に取り消されたものである。

三 その後、被上告人は、更に、昭和四四年一〇月二九日に、本件意匠に関し、冒認出願という暴挙に出て上告人の意匠創作者としての地位を排除して意匠創作者に帰属する権利(意匠登録を受ける権利を含む)を侵害した。

他方、上告人は、本件意匠が既に前記のとおり発表会において発表されて新規性を喪失していたため、出願できないことを悟り、被上告人との間で本件意匠の買取方を要請して交渉したものの、被上告人がこれを拒否したため、やむをえず訴を提起するに至ったのである。

四 被上告人は、本件意匠を発表する直前には、新技術及び商品の開発力もなく営業も停滞していたが、上告人の創作した本件意匠を実施して莫大な利益を得て再生したのに対し、上告人は、『意匠権利者となり業として実施する権利を行使して得るはずであった経済的利益』あるいは『専用実施権または通常実施権を設定して得る経済的利益』ないし『意匠登録を受ける権利の譲渡対価』相当額の損害を被ったのである。

第三 (被上告人の冒認出願と上告人の意匠登録を受ける権利)

一 初めに、ここに『意匠登録を受ける権利』とは、単に意匠登録を出願するだけの権利ではなく、将来排他独占的に経済的利益を構築することを目的に権利の設定登録をする為の意匠登録を受ける権利の意である(以下、上告人は、この意に用いる)。

二 ところで、原審判決は、『確かに、控訴人(上告人)が本件意匠を自ら創作したものとして登録出願したとしても、控訴人の出願前に被控訴人(被上告人)による本件意匠の登録出願がされた以上、その出願が取り下げられ又は無効にされない限り、本件意匠の登録を受けることはできないが、被控訴人による本件意匠の登録出願が冒認出願であれば、正当な権利者の出願に対しては先願となりえない(意匠法第九条第三項)のであるから、控訴人としては、被控訴人の先願を理由として拒絶理由通知がされた場合に、このことを争えばよく、また被控訴人の出願が登録された場合には、更に無効審判の請求をすればよいだけのことである。したがって、被控訴人が本件意匠について登録出願したことが控訴人の登録を受ける権利を喪失させることになるものではなく、もとより登録出願をすることの妨げとなるものではないし、また、被控訴人において控訴人の出願を妨げたことを認めるに足りる証拠はない』旨認定している(一二丁)。

三 右において、原審判決は同条第三項を挙げるが、冒認の場合の適用条文は同条第三項ではなく第四項であり、原審判決にはそもそも明らかな法令適用の誤りがある。第三項が『初めからなかったものとみなす』と規定するのに対し、第四項は『意匠登録出願でないものとみなす』と規定し、双方の効果も異なる。東京高等裁判所の専門部ですらこのような適用条文を誤るほど、我が国の工業所有権訴訟は遅れており、これが日米摩擦の一つの要因となっていることは憂えなければならない。

なるほど、意匠法第九条第四項には、『意匠の創作をした者でない者であって意匠登録を受ける権利を承継しないものがした意匠登録出願は、第一項又は第二項の規定(先願の原則)の適用については、意匠登録出願でないものとみなす。』と規定されており、いわゆる冒認出願は先願の関係では適法な出願とはなりえない。

ところで、現行意匠法には、特許法と異なり、出願公告(特許法第五一条)出願公開(同法第六五条の二)及び異議申立(同法第五五条)の各規定が存在せず、従って、意匠出願手続において、冒認出願が先願として存在することを適法な出願人が知るに至るのは、通常後日出願した場合では、拒絶理由通知書を受け取った時となるが、この拒絶理由通知書に対して拒絶理由の基本権である登録権利が冒認出願であることを意見書を提出して主張したとしても、後願の出願人の主張が容認され直ちに冒認出願である先願が排除されて後願に対して登録査定(意匠法第一八条)が出るということはないのである。すなわち、後願の出願手続そのものにおいては、先願に冒認事由が存在したとしてもこの登録権利を無効処分とすることはできないのである。

また、本来の意匠創作者が、出願をしていない場合には、意匠公報が発行されて初めて冒認出願を知ることになる。

そして、無効事由の存在する登録権利を無効処分とするには、無効審判を請求し、審判手続において無効理由が存在するという結果を審決という行政処分によって特定しなければならないのである。すなわち、当該権利に無効事由が存在するか否かは審決という行政処分によってのみ有権的に確定されるべき事柄であって、出願人が勝手に出願手続において確定して主張しうる事柄ではないばかりか、『通常裁判所も、特許無効の審決が確定しない限り、特許は有効なものとして扱うべきである』とするのが、大審院以来の確立された判例である(大審院明治三七年九月一五日判決、大審院明治三九年一月二二日判決、大審院大正六年四月二三日判決、大審院大正一〇年四月二六日判決等)。

四 そして、先願の大原則がある以上、法律上有効とされる先願の前には、例えそれが冒認出願であっても、後願は拒絶査定を受けざるをえないのである。

加えて、本件では、被上告人により、それ以前に新規性を喪失せしめられており、最早、上告人には本件意匠にかかる意匠登録を受ける権利を適法に行使して意匠登録出願をする途は残されていなかったのである。

すなわち、上告人を出願人とする通常の意匠登録出願は、本件意匠が「新製品発表会」の展示及び受注行為によって新規性が喪失せしめられている以上不適法であり、上告人を出願人とする意匠法第四条第一項の規定による意匠登録出願も、被上告人の行為による本件意匠の新規性の喪失が上告人(第一次的に意匠登録を受ける権利を有する者)の「意に反して」なされたわけではなかったものであるから不適法であり、更に、上告人を出願人とする意匠法第四条第二項の規定による意匠登録出願も、本件意匠の新規性の喪失が上告人(第一次的に意匠登録を受ける権利を有する者)の行為に起因するものではなく、被上告人の行為に起因するものであることからすれば不適法であったのである。

新規性の喪失による意匠登録を受ける権利の侵害と、冒認出願による意匠登録を受ける権利の侵害については、要件・効果が異なる以上、不法行為を認定する際には別個に考えるべきであるが、本件では、結果において、前者が後者の手段ともなっているのである。

結局、被上告人は、  上告人に対して「新製品発表会」前に譲渡契約の締結を申し入れておきながら、譲渡契約を締結せずに本件意匠を公開・発表し、  本件意匠の新規性の喪失事由を発生させ、  上告人の適法な出願を不可能とし、終には、  新規性の喪失を知りながら冒認出願をなすに及んで上告人の意匠創作者に帰属する権利(意匠登録を受ける権利を含む)を侵害したものである。

五 以上のとおりであり、原審判決は、そもそも、冒認出願と先願の関係についての引用条文を誤っていることに加え、冒認出願と先願及び無効審決との関係に関する各条文の解釈について誤りがあり、更には大審院以来の判決にも違背するものである。

そして、この各法令違反は判決に影響を与えることが明らかであるから、原判決は破棄を免れないと言わざるをえない。

第四 (消滅時効の認定に対する反論)

一 原審判決は、本件冒認出願による損害賠償請求債権の消滅時効の起算点に関し、上告人が、被上告人による本件意匠登録出願の事実及び被上告人が本件意匠を実施した事実を知った時点を捕らえて『加害者及び損害を知ったものと解するを相当とする』旨判示している(一五丁裏)が、右認定は、余りに形式的で、皮相にのみとらわれた判断と言わざるをえず、後記の大審院判決の趣旨にも反し、かつ民法第七二四条の解釈を誤ったものである。

二 確かに、上告人は、被上告人が本件と関連した意匠登録出願をなしたこと、その意匠登録出願がいわゆる冒認出願の強い疑いがあることなどを認識し、かつ、その後昭和五一年頃までには被上告人が本件意匠を少なからず実施したことを知るに至っているが、被上告人が出願した意匠と上告人の創作した意匠が同一であると知るのは意匠公報が発行されたときである。

しかしながら、前記のとおり、当該登録された権利に無効事由が存在するか否かは審決という行政処分によってのみ有権的に特定されるべき事柄であって、出願人が勝手に後願の出願手続において認定して主張しうる事柄ではないばかりか、前記のとおり、通常裁判所ですら、特許無効の審決が確定しない限り、特許は有効なものとして扱うべきであるとするのが、大審院以来の確立された判例である。

すなわち、冒認出願を理由とした無効審決が確定して初めて、当該登録権利は無効とされるのであり、それ以前は法律上有効な権利として存在するのであり、したがって、無効審決確定以前は被上告人の権利は冒認出願ではないのである。

三 民法第七二四条にいう『損害及び加害者を知りたる時』というのは単に損害発生の事実と加害者が何人であるかを知った時の意味ではなく、同時に当該加害行為が不法行為を構成するものであることをも確知した時の意味に解すべきである。

大審院判例は、違法な農地買収に関する事案ではあるが、『損害及び加害者を知りたる時よりというのは、当該行為が不法行為であることをも知った時の意味であるから、農地買収の有効無効が訴で争われている場合には無効判決が確定した時から消滅時効が進行を始める』旨認めている(大審院大正七年三月一五日判決)。

この趣旨を敷衍すれば、本件にあっても、上告人が申立てた無効審判において、被上告人は冒認出願であることを争っていたのであるから、冒認出願を理由とした無効審決が確定して初めて、本件被上告人の意匠登録出願が無効となり、上告人においても本件不法行為を構成することを確知するに至ったと認められるのであり、この時から消滅時効が進行すると解されるのである。

四 従って、本件では、無効審決確定後、三年以内に訴を提起しているので、既に時効は中断している。

五 なお、上告人が控訴審において拡張した損害についても消滅時効は成立していない。

すなわち、上告人は、請求の趣旨拡張以前においては、本件不法行為に基づく損害額については、明確に確定していなかったこともあって、損害額を明確に特定した上その一部を請求するといった形式はとらず、とりあえず損害額の一部に相当すると考えうる額を損害額として請求したにすぎない。

上告人は、訴状において損害額を単に『優に億をもって数うべきものがある』とのみ主張しているに留まり、また、第四回準備書面においても推論を基に損害額の概算をしているに過ぎず、損害額を明確に特定しているわけではない。従って、本件訴訟の提起によって、損害賠償請求権全体に関して時効が中断しているものである(最高裁判所・昭和四五年七月二四日判決)。

六 また、仮に、本件訴訟の提起が損害賠償額の一部請求であったとしても、本件訴訟の提起は、裁判上の催告として効力があるものであり(東京高等裁判所・昭和四九年一二月二〇日判決等参照)、訴訟継続中には未だ時効は完成していないと考えるべきである。このような一部請求に対して裁判上の催告の効力を認めるとの見解は下級審裁判例に留まらず、学説においても広く認められているところである(我妻栄著『民法講義・民法総則』四六七ページ等参照)。

第五 (結語)

以上のとおりであり、本件原審判決には、意匠法の解釈・適用に判例違反及び法令の解釈適用に誤りがあり、更に民法の解釈・適用に判例違反及び法令の解釈適用に誤りがあることは明白である。そして、これらの法令違背が判決に影響を与えていることは明らかであるから、本件原審判決は、到底破棄を免れないと言うべきである。

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